おりこんふぉー

 No.70「ばべるの図書館だより」についての二、三の事柄。(ネタバレあり)
 一読して思ったのは、今回の掌編部門の参加者の中で、上限枚数の少なさと切実に対峙したのはこの小説を書いた方なのではないのかということだった。いや、まだ二十五作くらいしか読んでおらぬので、もっと辛そう、きつそうという小説が出てくる可能性はもちろんあるのだけれど。
 上限枚数を持ち出したのは、この長さではボルヘスとの対峙は難しいのではないかと思ったからで、ここで「アルファベットの組み合わせ」という表現が出てくる。

アルファベットの組み合わせだけで作れるのは……色々あるけどつまりは活字本ね。

アルファベットの組み合わせで綴られる無限の本は、だけどそれしかないということでしょ。

 ここでかなり無頓着に「アルファベット」という単語が用いられるのだけれど、ボルヘスはアルゼンチン人で、スペイン語と英語を使うことができた。知っての通り英語とスペイン語のアルファベットは異なっていて、さらにいえば、ボルヘスは「アルゼンチンのスペイン語」についての文章を書いている(鼓宗さんの訳語を借りれば、『アルゼンチン的語法』。)。こういう言語への視線というのがこの小説にはなくて、ただ「アルファベット」という言葉で表現してしまっている。それは厳しいのではないかと思った。
 たぶん、訳文だけで、原文にはあたっていないのだろうと思った。ぼく自身、原文を読んだわけではないのだけれど、「アルゼンチンのスペイン語」を用いたのが「ブロディーの報告書」に多く収録されているマチスモをテーマにした小説群ではないかと想像している。逆に「伝奇集」は、これは一部を原文で読んだことがあるけれど、「これ、英語で書いたのかな」って思えることもあった。実際はスペイン語です。でもボルヘススペイン語は、例えばガルシア=マルケスとはどこか違う気がしたのだった。言語を精査している感じがする。まあそれはいいんだ。そんなこんなで、ちょっと違うイメージがあったんだけど、それはそれとして、この小説では「ボルヘスの小説」ということで一括りしてしまっているような印象があって、批評としてはそれはかなり難しいことだよねって思った。
 そもそもボルヘスは小説家であったけれど、詩人でもあり、評論の人でもあった。でもこの小説で描かれるのは「小説」に限ったことであるように感じられた。だからボルヘスリスペクトというよりも、「バベルの図書館」リスペクトに近いようにも思える(「砂の本」云々を含め。)。「伝奇集」や「砂の本」、「エル・アレフ」だけでなく、「ボルヘス、オラル」や「七つの夜」にも接しないと、ボルヘスについてを書くことは難しいと思います。もちろん、全てを飲み込んだ上で容量の都合で泣く泣く削ったということなら、ぼくはここまで書いてきたことを全部謝ります(笑)。
 うん、でもやっぱり、使われる言語がどんなものであるのかというところが抜け落ちているのはよくないと思うな。
 もう一つ、大きく気になるところがあって、「2」にある漫画云々というところ。現在の「漫画」が成立を手塚治虫以前、手塚治虫以降というようにわけるべきなのか、それとも「のらくろ」のあたりですでに成立していたかというのは別問題ですが、文字と絵の融合ということなら、すでに絵巻物というものがかつてあったし、挿絵でいいのなら、例えば「ドン・キホーテ」には初版の頃はともかくも、十九世紀にはすでに挿絵が描かれている。
 挿絵はともかく、どうして絵巻物を持ち出したかというと、ボルヘス紫式部の「源氏物語」を褒めているわけです。「源氏物語」には「源氏物語絵巻」という絵巻物があって、ボルヘスがそれを知っていたのかどうかということはぼくにはわからないことだけれど、博識なボルヘスのことだから知っていたと思いたい(笑)。だから漫画云々のためにバベルの図書館が不完全であるというのはおかしいのではないかと思った。現行の「漫画」はなかったけれど、漫画に繋がる表現はボルヘスの時代以前にもあったのだし。
 さらにいえば、現代のことを持ち出すならば、ハイパーテキストにも言及すべきだったのではないのかとも思ったけれど、そこまでいくと「バベルのコンピューター」みたいな阿呆なことになるので、難しいところですね。
 と、気になったことを書いてみて、何だか文句ばかり言っているようにみえるかもしれない。だがちょっと待って欲しい。おもしろかったんですよ、この小説。おりこんふぉー!の投稿作をこれまで二十五ばかり読んでみて、これが一番おもしろく思えた。どうしてかというと、たぶんボルヘスへの愛みたいなものを感じられたからだと思った。紹介にある通り、やっぱりリスペクトがあった。muさんが書いている通り欠陥だらけかもしれないけれど、少なくとも何か熱みたいなものがあった。muくんの言葉を借りればロマンだね。そういうの好きなんですよ。なので、6点か7点くらいはつけるよ、ぼくは。
 だいたい、「あなたはなんと答えるだろう」の後から始まる段落の、有無を言わせないような畳みかけは何だと言いたい(笑)。ここはやたらとテンションが高く、その後の「以前、小さな町のバザーで」からの数段落にある、過去をふりかえっている距離感がまたいいんだ。この緩急。実に読ませる文章だと思いますよ。買った本の本文が記されるところで、確かにダメになるというか、肩肘張りすぎた感じが出てきてしまうのだけれど。全体的にコンセプトに溺れてしまっているように思えるのですよ、ぼくには。
 ただやっぱり漫画云々はいいとしても、言語への視線はちらつかせて欲しかったというのはある。ばべると旅人は何語で会話をしているのかが気になってしかたなかったのですよ、ぼくは。まずは言語と対峙してこその「バベル」じゃないか。って思うのはおれだけか。ああ、これ旅人はゴンブローヴィチなんすかね。違うか。わかんないけど。
 まったくの余談だけれど、「2」の部分の最初は『紳士、淑女のみなさん〜』で初めてほしかった(笑)。本編とはまったく関係ないけれど、ボルヘス好きへのくすぐりという意味で、そういうお遊びがあってもいいかなと思った。


 ところで、正直ボルヘスが好きではないし、さほど学んだ記憶もないのだった。だから、この小説については半分くらい楽しめていないのではないのかという歯がゆさが少しある(笑)。短編部門で誰かGGMリスペクトとかMVLLリスペクトとか書かねえものかな。