ハネケ的なものをめぐって

 最中さんが『ミヒャエル・ハネケやりたいよね、とか、そういう感じです。』と書かれていて、ふとハネケの処女作である「セブンス・コンチネント」*1を観直してみたのだった。あ、観直したっていうか、初めてでした(笑)。観たことある気がしたんだけど、違かったみたい。ていうか、偉そうなことを書いているわりにハネケの映画は全部は観ていないんだよなー。
 だって、なんか覚悟がいるじゃないですか、観るにあたっての。活劇的な意味では絶対におもしろくないってわかってるし。観た後絶対どんよりするぞっていう(笑)。でも、観てみたのだった。
 以下、いくつかのハネケ作品と、あと黒沢清作品のネタバレを含みながら、ハネケをやれるのかどうかについてダラダラと書いてみる。あと最中さんのリトバスSSについてもちょっと(笑)。
 この映画は処女作だけあって、ハネケの当時の方法論みたいなのがかなり露骨に出ていて、ぶっちゃけてしまえばあんまりおもしろくない。ちょっとググってみる限りは高評価の感想が多かったですが、ぼくはそんなにおもしろいとは思えなかった。
 特徴的なのは何か一つの対象をズームで撮ることが多いというところで、逆に人の顔や姿を映そうとしないところはしつこいくらいだった。手とか足とかはフレームに入るのだけれど。食事のシーンが何度かあるんですが、屋内の風景ごとひいて撮ったシーンって一度もなかったんじゃないかな。一番印象的だったのは娘さんが食べるコーンフレークだったんですが、あんなに寄って撮る意味がよくわからなかった。意味ありげには見えるし、インタビューなどを観る限り、映画的なものから距離を取っているのだろうということはわかるんですけど。
 終盤、心中に向かう一家は屋内のものを徹底的に破壊するんですが、その場面もまた、壊されるものばかりが映されて、破壊に及んでいる人の姿はとらえられない。かろうじてハンマーを持つ腕や、足などが映るばかり。せりふどころか表情さえも映さずに、ただ行為だけが積み重ねられていく。この徹底やカタルシスの無さはいかにもハネケ的ですが、映画としてはどうなの?って思ってしまう。
 黒沢清監督が万田邦敏監督との対談でハネケにほんのちょこっとだけ言及しています。ちょっと引用してみる。

僕は多分イーストウッドのその子どもじみた部分をこそ凄いと思ってるんでしょうね。その真逆に見えるのが例えばミヒャエル・ハネケ。子どもじみた奔放な素振りを見せるけども、実際はとことん老成してて客観的。で、それが映画の快楽を全部剥ぎ取っていって、結果僕にはつまらない。*2

 これ、最近すごいわかるんだよね(笑)。ハネケの映画に、映画を観ることで生まれる感動ってのはほとんどないと思うんですよ。にもかかわらず90分から120分くらいの間を一気に見せる手腕はすごいものだと思うんですが、楽しんで観ている感じはぼくは持てないです。「セブンス・コンチネント」はあっという間だったんですけど。
 どうして一気に観てしまえるのかというと、ハネケの映画って全編に何かが起こりそうな緊張感があるんですよね。それが持続している。その緊張が解放される瞬間がないのがいかんともしがたいですが、ずるずると引っ張られてしまうような感じです。その手つきは一流の証拠だとは思うんです。
 ただ付け入る隙がないというか、観る側に余裕を与えない感じもするわけです。だからハネケの長回し*3は、黒沢さんやアンゲロプロスとは違う。黒沢さんやアンゲロプロスの場合は段取りだけはしっかりと決めている感じがしますが、ハネケの場合は何がどう動いてこうなって、結果こういう効果が生まれて、というところまで構築しきっているように思えます。100パーセント完璧に作り込んだ映像ですね。偶然性はほぼないし、心地良さもない。ただ不安になる。黒沢さんの長回し力が良い意味でも悪い意味でも発揮されたのは「復讐 消えない傷痕」*4だと思うんですけど、あれの長回しはすごい心地良いんだよなー。 
 逆にここまで作り込んでいるからこそ、もしかしたらミヒャエル・ハネケ的なことはできるんじゃないかと思ったんですよ、最中さん。前に「無理。ハネケ無理!」って書いた気がするけど、アンゲロプロスに比べれば、まだいける気がする(笑)。
 長回しワンシーンワンカットというものを小説の中で表現できるのかっていうことですよね。先日のかのんSSでは相当意識したんですけど(笑)、どこまで伝わったのかはわからない。ついでにスプリットスクリーンもかなり意識したんですが、いや、俺のことはどうでもいいや(笑)。
 ここで最中さんのリトバスSSについて書いてしまいますが、映像で考えると、携帯のメールを描いてしまうところで最後の部分のワンシーンワンカットは成立しない気がします。携帯の画面を抜かないとならないわけだから、カットを割らないといけないじゃないですか。背後から覗き込むのは不自然だろうし。カメラが動くのは楽しいですけどね。一番最後のところはカメラを動かさずに、無人の屋上を映している感じなんだろうと思います。ここいいよね。すごくいい。
 この最後のところを読んでみると、ハネケ的なことはできそうな気がします。この乾いたタッチはちょっとハネケっぽいし。さらに突き詰める価値はあるんだと思います。ただぼくは基本的に職人でありたいと思っていますので、そのときそのときで最善のやり方を選びたく思っています。一つの方法や手法にこだわるのは避けつつある今日この頃なのでした。文学っていうのも全然意識しなくなった。なんか、いろいろと小賢しいことを書いてきておいてあれなんですけどね(笑)。結局のところ、ぼくにとって書く快楽と読む快楽を両立できるものがベストで、それはB級エッセンスあふるるものになるなという(笑)。ま、難しいものは大谷さんが引き受けてくれるだろうし、ハネケ的なものは最中さんに任せた。任せる。任せた。
 そうそう、ハネケについてはちょっと書こうと思っていたんですよ。なんでかっていうと、「ファニーゲーム」のリメイクである「ファニーゲームUSA」。来月から公開されるようなんですが、チラシがけっこうポップな感じになっていて、これどうなの?って思った(笑)。ナオミ・ワッツティム・ロスと出演者は豪華になってますが。
 何しろ「ファニーゲーム」はどこまでも不快な映画で、完全な鬱映画そのものだったからだ。ハネケ監督自身がハリウッドでリメイクしたといっても、娯楽に徹することができるのかっていう疑問がある。チラシによると、結構ポップな仕上がりになっていそうなんですけど。でもハネケだからなあ(笑)。間違いなく「スクリーム」的なものではないから、カップルでは観に行かない方がいいと思う。
 いやー、どうなっているんだろうね。何気に楽しみなのだった。

*1:

セブンス・コンチネント [DVD]

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*2:

映画のこわい話―黒沢清対談集

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*3:「セブンス・コンチネント」は長回しはあんまりなかったけれど。

*4:

復讐 消えない傷痕 [DVD]

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