コクーン歌舞伎


前売りを買ったのは初日と千秋楽だけで、立ち見とか正直きついし、かといって普通に別の日を買うほど金銭的に余裕があるわけではなかったのだけれど、ヤフオクで平場席が安値で出品されていたので買ってしまったのだった。
前から4列目だった。座布団の上にビニールシートと注意書きが置いてあった。
話は聞いていたけれど、何だかんだでちょっとドキドキした。


結論からいうと、北番の方がおもしろく観られた。
南番は2年前の歌舞伎座と同じ場割で、大詰めの立ち回りでの雪(大量)の使用と、隠亡堀と大詰めで本水の使用という2点が特別なところ。
歌舞伎座での上演みたいにしっかりした舞台装置ではなかったのだけれど、北番ほど抽象的に崩したものではなく、また、下座音楽もしっかりあったので、かなりオーソドックスに思えた。


やはりこの南番はお岩様のドラマなのだろうね。
北番は終盤お岩様が全く登場しなくなるけれど、こちらは逆で、舞台上どころか、客席内にお岩様が現れる。(笑)
ただここら辺になると、人間の恨みや因果というものが希薄になってしまい、ちょっとしたお化け屋敷みたいになっている。
髪梳きをはじめ、今回の勘三郎のお岩様はすこぶるいい出来だから、余計にその落差が目立ってしまっているように思えた。
おもしろいことはおもしろいけれど、芝居としてではなく、仕掛けとして、趣向としておもしろい、という感覚。
芝居としておもしろいのはやはり髪梳きまでなのだろうと思う。
伏線の収束もないしね。


ぼくがこの「東海道四谷怪談」で好きな場面の一つが仏壇返しで、秋山長兵衛がお岩様に引きずり込まれるところなのだけれど、今回は仏壇返しの仕掛け自体がなくて残念だった。
しかし秋山の最期はしっかりあって、下手側通路のスッポンに引きずり込まれていったのだった。*1
そのときの台詞、「悪に加担し秋山長兵衛、ともに奈落へ落ちようぞ」*2っていうのがいいんだな。
「ともに」っていうのが曲者で、お岩様の恨みの深さと悲しみが浮き彫りになっている台詞だと思う。
欲を出せば、亀蔵の秋山で観たかったな、と。


あと、幕切れ。
「まづ昼の部はこれ切り」で終わったのはうれしかった。
歌舞伎座で観たときも思ったのだけれど、この終わり方はかなり好きなのだ。
夜の部のときは、「まづ夜の部はこれ切り」なのか「まづ本日はこれ切り」なのかが気になる。いや、どっちでもいいか。


役者について。
勘三郎については文句なしなんじゃないだろうか。
扇雀七之助は、南に関しては、出番が少なすぎるな。
七之助は北番のお袖がかなりよかったのだけれど、南番のお梅はしどころの難しさもあって、印象なし。
北番のお梅をやった新悟ははっきりいって論外。どうしてあんなにうけているのかわからなかった。
扇雀は、北番序幕、この人の与茂七がちょっと和事っぽく見えてしまって、どこか違う気がした。
南番のお袖。この人やっぱり藤十郎に似てるな、今の。(笑)
三角屋敷がないので見所は少ない。
橋之助伊右衛門は、2年前と同じく、何か違うだろっていう感じなんだな。
そもそもぼくがこの人苦手だからそう感じてしまうのかもしれない。
他の伊右衛門を観たことがないから比較できないのだけれども、この人の場合はだんだん暗黒面に落ちていくような造形なんだな。
元の伊右衛門浪宅に戻ったあたりから、悪の匂いが強くなってくる。
というか、それまでがどうしてもチョイ悪ぐらいにしか見えないのだ。
四谷左門殺害の場面も、悪っていうよりも、プッツンしてしまったように見えてしまうし。
顔は二枚目だし、姿もいいんだけど、ニンじゃないんじゃないかって思う。
逆に去年の勘三郎襲名披露公演で三津五郎と共演した「芋堀長者」という演目では、とてもよく見えた。
もちろん三津五郎よりも踊りがうまいという設定には無理があったけれど、それでもニンであったように思える。
人の良さみたいなのがにじみ出てるんだよなあ、佇まいから。
南番で特筆すべきなのがやはり小山三さん。この人が出た途端、江戸の生世話が渋谷に現出した。
筋書きの若々しい写真も素敵だね。


最後に、いたるところから悲鳴が聞こえる南番(笑)の座席位置別注意するもの。

  • 松列からXB列くらいまで
    • *3、唾、客いじり
  • 平場席
    • 床下から音がします
    • 役者が普通に横切ります
  • 客席通路に面している席
    • お化け、秋山長兵衛、鼠
  • 中二階、二階席
    • よくわからないけれど、お化けの登場があったかも(笑)

まあ、とにかく、劇場全体がお化け屋敷みたいだ。

*1:ぼくの座席の都合上、後ろを振り返らないと観られなかった上に、他のお客さんとかぶってしまって、詳しくはわからない。

*2:手元にある新潮社「東海道四谷怪談」にはこの台詞が書かれていないから、記憶を頼りにしていて正確ではないのだけれど。

*3:雨合羽とビニールシートで防御できるのだけれど、カーテンコールになってからも油断してはいけない。