「夢野久作の少女地獄」

 夢野久作の小説の映画化とくれば、やはり松本俊夫監督の「ドグラ・マグラ」が一番に浮かぶだろうが、ぼくにとってはリアルタイムで劇場で観た石井聰亙監督の「ユメノ銀河」が印象深い。石井聰亙信者ですもの。
 先日、シネマヴェーラ渋谷で観た「夢野久作の少女地獄」という映画は「ユメノ銀河」と同じく、夢野久作の小説「少女地獄」を原作とした映画だ。といってもストーリーは全く違う。「少女地獄」は「何でも無い」、「殺人リレー」、「火星の女」の三篇からなるオムニバスで、「ユメノ銀河」は「殺人リレー」を原作としている。「夢野久作の少女地獄」は「火星の女」が原作だ。ややこしいね。以下、夢野久作の「火星の女」、この映画、およびエロゲの「腐り姫」のネタバレあり。
 夢野久作の「少女地獄」の三篇はいずれも書簡小説になっている。「ユメノ銀河」では書簡の部分も意識できる作りになっていたけれど、この「夢野久作の少女地獄」ではかなりの脚色があるので、書簡小説が原作という印象はほとんどない。脚色というのがこの映画のキーワードであると思う。
 中盤までは原作とは大きく構成を変えながらも忠実な作りになっていた。せりふをそのまま使っているところもあったしね。原作の「火星の女」は、冒頭にまず起こった事件に関する数本の新聞記事があり、それから「火星さん」からの手紙という形で事件の全貌が描かれる。事件が提示され、その後謎が解かれるという形になるから、一種のミステリとして読める。でもけっこう一気に読めてしまうから、ミステリ度はさほど高くないと思います。
 しかし映画ではその構成を放棄して、最初から時系列で描かれる。原因、過程、結果が順番になるわけですね。小説では結果の部分が先にきているんですけど。これは原作の構成を重視するよりも、一本の少女映画としてのスマートさを考えてのことだと思う。結果的に復讐劇としての構造がはっきりしたし、人物の、特に主役の少女二人の心理の流れもかなりわかりやすくなった。夢野小説としてはわかるようなわからないようなもやっとしたところがいいんですけどね。映画と小説は別物だから。
 ところが、中盤以降、要するに小説では冒頭にまず描かれる火事が起こってからがすごい。原作から遠く離れて、怪奇映画のような演出で少女による復讐が描かれる。その描写の過剰さに場内では笑いが起こるほどだったけれど、ぼくもちょっとびっくりした。いやいや、何でこうなっちゃうんだよって。おもしろかったから、いいんですけど(笑)。三人、つまり校長、トラ子、書記への復讐の場面だけは妙に和製ホラー(昔の)の匂いが強かった。
 復讐劇が終わった後、映画はSFになる。地球ではないどこかで、少女二人は焼身自殺する。心中ね。このシーンもそうだし、そのSFに至る過程もすごい綺麗だった。劇中で登場した場所で愛し合う少女二人のレズシーンが連続するんですけど、そこに昇天する二人の少女というイメージが重なって、最終的に地球ではないところで心中する、その一連の流れがすげーなって思った。原作にはないシーンですけど、ここはよく作ったなあ、と。あ、書き忘れてましたけど、これ日活のロマンポルノなんでかなり濡れ場は多いです。愛し合う少女二人の場面はほんとに全裸のラブシーンです。これが綺麗なんだな。ただポルノ女優なので、年齢的に少女役が厳しい感じがしましたけど。でもすごい綺麗なシーンだった。いわゆる夢幻だね。
 そんな映画なんですが、意外とこの映画は色々なものに影響を与えているのではないかと思った。例えば、復讐に赴く前の少女二人が写真屋で記念写真を撮る場面があって、男装と娘役というか、そんな感じの拵えになってキャキャキャとなった挙句泣きじゃくる場面があるんですけど、観ながら「あー、これは『ユモレスク』だなあ」と思った。美波ちゃんと太田莉菜ちゃん出演の「ユモレスク」というガールズムービーの傑作があるんですけど、そのシークエンスだけはそっくりだった。少女の感情の揺れ動きみたいなのがあってよかった場面だ。
 復讐劇が始まってからのびっくりお化け屋敷なところはテレビアニメ「地獄少女」の地獄コントっぽかった。えげつなさとか妙に過剰なところとか。題名といい、スタッフの中にこの映画を観ている人間が一人はいるような気がしてならないのである。
 あと、最後の展開は「腐り姫」を思わせるものだった。というか「腐り姫」のライターはこれを観ているのではないかと思ったくらい。「腐り姫」はたしか月面を歩いていましたけど、これも地球じゃない場所に行っちゃってる。火星の女だけに、たぶん火星なのだろう。この唐突なSF展開がぼくはすごい好きなんですけど、「腐り姫」のレビューを読むとここがダメという批判が多いんですよね。おれはここが好きなんですけど。それはともかく、荒涼とした大地で炎上する二人の少女と気違いになった校長の踊りという異様さと美しさの共存するシークエンスはすごかったよ。その前のレズシーンも含めて。よく思いついたな、この原作から。むしろ、火星さんとアイ子さんを心中という形で救ってやったということになるのだろうか。
 夢野久作の「少女地獄」の三篇では、「何でも無い」だけが映画になっていないということになる。ぶっちゃけ、三篇の中では「何でも無い」が一番おもしろいと思うんですけどね。石井聰亙監督も「何でも無い」をやりたかったとDVD-BOX2のインタビューで書いてたなあ。三篇制覇いってほしいね。