『狩人の夜』

 昨日、シネマヴェーラ渋谷で「狩人の夜」が上映された。シネマヴェーラ渋谷は普段は二本立て興行の名画座なんですが、今回のケイブルホーグ特集では「賭博師ボブ」とこの「狩人の夜」が1本立ての特別上映となっている。朝11時からの1回上映で、1000円。
 「狩人の夜」を観るのはもう10年ぶりくらいになるだろう。観たのは中学生か高校生のときだった。スティーブン・キングの「死の舞踏」という評論集というかエッセイ集というか、そんな感じの本にこの映画に関する記述があって、たしかすごい褒めようだったからどうしても観たくなったのだった。しかし近所のビデオ店にはレンタルがなく、怪しげなセルビデオ店にもなく諦めていたところ、テレビ放送があった。そんな経緯でようやく観ることができた記憶があるのだが、良い思い出というのはどこかしら美化されているものだから、実際がどうであったかは知らない。ウィキペディアによると日本初公開が1990年となっているね。どうなんだろう。ただ録画したVHSを持っていたはずなんだよなあ。以下激しくネタバレ。
 あらためて観て思ったのは映像センスの奇抜さで、兄妹が小舟に乗って逃げ出すあたりからリリアン・ギッシュ演じるクーパー婦人に保護されるまでの悪夢的なイメージの数々には頭がくらくらした。アップで抜かれる生物たち、月夜を馬で進む伝道師(演じるのは「眼下の敵」等でおなじみの名優ロバート・ミッチャムだ。)、現実離れしているように見えるのだけれど、子どもたちにとってはこれが現実なんだと思うし、ああこれはファンタジーの手つきだなと思った。最近の映画でいえば、「ローズ・イン・タイドランド」や「パンズ・ラビリンス」の原型がここにあるのだろうか。
 もう一つ印象的なのは水葬にされた兄妹の母親のシーンだ。こんなにも美しく死体を映したカットはなかなかないんじゃないかと思う。ここでまるで現実味がないような映像になっているのはアル中の男バーディの目線を借りているからなのだろうか。残酷美とはこのことです。劇中で純粋になりたいと口にしていた母親ウィラが死後、このような美しい姿になるという皮肉の演出もあるのかな。「追悼のざわめき」にマネキンと佐野さん演じる誠が水の中で抱き合っているショットがありますが、あれも奇妙に綺麗なシーンだったなあ。
 全体のストーリーとしては、強盗殺人をして捕まった男が金を隠し、そのありかを息子と娘に託す。息子と娘は父親との約束を守り、金のありかを母親にも言わない。そこに父親と刑務所で一緒になった偽者の伝道師ハリー・パウエルがやってくる。ハリーは父親が金を隠したことを知っているのだ。ハリーはその巧みな話術で町の人間に取り入り、兄妹の母親と結婚するに至る。そして……というものとなっている。
 後半に入り、ハリーは邪魔になった兄妹の母親を殺し、兄妹はすんでのところで逃げ出す。随所にうまい演出があって、93分の上映時間をけっして飽きさせない。伝道師ハリーが初めて兄妹の前に姿を見せる場面の影を使った演出はホラーに近い。あと、まあ金のありかというのが妹者がずっと持っているぬいぐるみの中なんですが(でもこれはけっこうすぐにわかると思う。)、中盤あたりで妹が家先で金を出して切り紙のようにして遊ぶ場面がある。戻った兄は慌てて金をぬいぐるみの中に戻すが、家の中からハリーが出てきて何をしているんだと問う。兄は何でもないと答えるが、家から出てきたハリーは金には気づかないんですが、その足元を紙幣が2枚風に吹かれて飛んでいく。という一連のシーンは本当にスリリングで、うまいなあと心底思った。
 ただ何よりもインパクトがあるのがハリーの手にある"LOVE"と"HATE"の刺青であることは否定できないと思う。昔観たときの記憶の中でも、この"LOVE"と"HATE"の刺青の印象がとにかく鮮烈で、おもしろく怖い映画だったという記憶がありながらも、思い浮かぶのは刺青、そしてロバート・ミッチャムの姿だけだった。今観ると、映像面のどこか魔術的な雰囲気に酔う感じですけど。
 しかしすごい映画だった。もう50年も前の映画なんですね。終盤の裁判→暴動のシーンなんかは、光市の母子殺害事件の報道などに触れた今だからこそ余計に響いてくるものがあるかもしれないですね。 あと、リリアン・ギッシュ演じるクーパー婦人は兄妹の父親だと言うハリーの言葉が嘘だとすぐに見抜いて、散弾銃で追い払う。その夜にハリーはクーパー婦人の家にやってきて、家の外から様子をさぐる。クーパー婦人はハリーを見張る。そしてハリーが聖歌を口ずさむと、婦人もそれにあわせて歌う。対峙しながらも同じ歌を口ずさむそのシーンの美しさ、張りつめたような緊張感。すばらしいわ。
 フィルムノワールでありながらダークファンタジーの要素も強く、その結果今日のカルト化があるのかな。それから、ぼくが書いた/書こうとしている小説はこの映画の影響下にあるなと実感した。5月11日、5月25日の11時から上映があるので、興味があって渋谷まで行ける方は是非観に行ってみてください。ちなみに昨日の上映は超満員でした。

狩人の夜 [DVD]

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