キング・オブ・キング、スティーブン!

 スティーブン・キング原作の映画「1408号室」を観てきたのだった。正統派のホラー映画に仕上がっていて、とても満足でした。以下この映画と原作のネタバレ感想。「ミスト」、「幽霊屋敷の蛇淫」、その他ホラー映画とキング小説のネタバレも含みます。
 ニューヨークのホテルの一室を舞台にどれだけのものを見せることができるのか興味津々でしたが、最近はほとんど見られないゴシックホラーの雰囲気が少しだけあって、本当に正統派のホラーだなと思った。
 キングによる原作の短編小説はシャーリィ・ジャクスンの名作「山荘綺談」を意識しているものだと思うんですが、映画「1408号室」は「山荘綺談」の映画版である「たたり」よりもアントニオ・マルゲリーティの「幽霊屋敷の蛇淫」が先行作品としてあることは間違いない。「たたり」や「ヘルハウス」も明らかに意識されていますけれど、影響が濃くみられるのは「幽霊屋敷の蛇淫」だった。ただ、キングは「シャイニング」で「幽霊屋敷の蛇淫」のようなことをすでにしているし、評論集の題名を「幽霊屋敷の蛇淫」の原題である「ダンス・マカブル」にしている。ということから考えるとけっしておかしなことではなく、そもそもキングの幽霊屋敷ものの根っこにはこの映画があるともいえるし、その結果として「1408号室」はとてもキングっぽい映画に仕上がっていたと感じた。
 キング原作の映画といえば、今年の春頃に「ミスト」が公開されましたが、ぼくは断然この「1408号室」の方が好きだ。スティーブン・キングの小説は多くのジャンルがあるので、一概には言い切れないところもあるとは思うんですが、この映画はどちらかというと地味目のキング作品のエッセンスがそこかしこにあって*1、キング原作の映画の中では成功の部類に入ると思う。子どもの使い方がいいんだよなあ。
 「ミスト」に満足できなかったのはラストで説教臭くなるところで、オリジナルの部分がどうにも気に入らなかったんですが、この「1408号室」は逆に短い原作をかなり脚色していて、そのオリジナルの部分がけっこうキングっぽくて好きだったのだった。崩壊してしまった家族の姿というのが遠まわしに描かれていて、その中にあるもう死んでしまった純粋な子供の幽霊というのが綺麗に出てくるんだよね。これは巧いと思った。
 ただ完全に家族劇に移行することはなくて、あくまでメインにあるのは邪悪な部屋というのがさらに良い。過去の因縁話の要素もあるにはあるが、それが原因で生まれたのではないというところが不気味でいいし、最初から最後まで部屋そのものが邪悪というところがぶれない。ここがいい。しかも、最初の方で取材のために部屋に泊まろうとする主人公のホラー作家とホテルの支配人の場面があるんですが、ここでこんな感じのやりとりがある。(台本がないのでうろ覚え。)

主人公「支配人は幽霊が出ると言っている」
支配人「誰が幽霊だと言いました?」

 ここでグレードがぐっと上がるんだよね。怖かったな、ここ(笑)。ぞくっとした。こういうやり取りがあったり、あるいは部屋の描写の仕方だったりで、ニューヨークにあるホテルの一室に徐々に恐怖が生まれていくわけです。得体の知れ無さがいいんだよ。自殺した男の悪霊が……とか、そういう方向に行かなかったのが良い。あるいは投身自殺をしたかつての宿泊客の幽霊が現れるんですが、主人公に何かするのではなく、ただその行動を繰り返すだけというのも素晴らしいです*2。これは「幽霊屋敷の蛇淫」の引用で、あの映画でも過去を幽霊たちが繰り返し続けていた。もう一つ書くと、この映画では唐突に襲いかかってくる幽霊(あるいは幻影かな)が出てくるんですが、あれも「幽霊屋敷の蛇淫」の引用だと思う。「幽霊屋敷の蛇淫」では半裸のマッチョだったと思いますが。
 あと引用というか、他のキング作品からのイメージの挿入がありました。どこまで脚本家が意識しているのかはわからないですけど、不意に部屋の中に現れるドアとか建物の縁を歩くところとか、「ガンスリンガー」や「超高層ビルの恐怖」を思わせる感じでした。
 特に序盤から中盤くらいまでは、上品でいい雰囲気の映画だったなあ。50年くらい経ったら古典と呼ばれてるかもしれない、といったら大袈裟か。でも14階の廊下や肝心の部屋自体も、うまく撮れていたし。本当に派手なことはしないで、丁寧に映画を撮っている感じがした。ただ、後半くらいから演出が派手になっていくというか、もうちょっと抑えてよと思ってしまうところもあったけれど(笑)。郵便局が壊されて1408号室に戻る場面は、途中からはともかく最初のところだけはワンカットでいって欲しかった。
 出演者は、密室劇なのでほぼジョン・キューザックの一人芝居っぽいんですけど、出番のあまり多くないサミュエル・L・ジャクソンや奥さん役の女優さんもしっかり脇を固めていたかなと。とにかく部屋だけが邪悪で、悪人が出てこないっていうのは好きだな。あと娘役の女の子だ。すごい綺麗な子で、お人形みたいだった。目がぱっちりしてて、でもどこか薄幸な感じで。出番は少ないんですけど、鮮烈でした。「機械じかけの小児病棟」に出たときのイバーナ・バケーロのようだ。イバーナが「パンズ・ラビリンス」のオフェリア役でブレイクしたように、この子もその内来るんじゃないかと思うんだけど。
 そういえば、主人公の作家が有名になる前(でいいのか?)に書いた本を持っている女性に対して、主人公が「どこで買ったの?」と聞くシーンで、女性は「E-bayで」と答えていたんですが、字幕だと「サイトで」となっていた。それちょっと大雑把過ぎないかと思ってしまったが、「ネットオークションで」だと長すぎるのかなあ、やっぱり。その後に入札がどうのっていうセリフがあったから、「サイトで」で伝わることは伝わると思いますが。
 なんかもうちょっと英語力欲しいなとなんとなく思った。字幕なしで全部とは言わんが、7割くらいわかりたい。何よりもリスニングが難しいわ。スペイン語だとどんな単語が発せられたかっていうのはけっこうわかるんですけど。

*1:逆に派手目キングとはどういうのかというと、最近のだと「セル」ですね。イーライ・ロスによる映画版には期待しています。

*2:特殊効果付きでわかりやすくなっていたけれど、生身の俳優で充分だったと思う