荒唐無稽であることを肯定するために。

 ジョージ・A・ロメロの新作ゾンビ映画ダイアリー・オブ・ザ・デッド」が想像以上に良い出来で、そのことについて書こうと思っていたのだけれど、今日観た「人形佐七捕物帖 妖艶六死美人」が非常におもしろかったので、「ダイアリー・オブ・ザ・デッド」については先回し。以下、ネタバレ感想。黒沢清監督の「トウキョウソナタ」とジャック・ドワイヨン監督の「誰でもかまわない」のネタバレも少し。

 若山富三郎主演で、横溝正史の小説「人形佐七捕物帳」を映画化したシリーズの第1作で、監督を名匠中川信夫がつとめています。風流六歌仙と呼ばれる六人の美女が次々と殺されていき、その謎に挑むのが岡っ引きの佐七親分。人形のようないい男なので、人形佐七と呼ばれていますが、正直若山富三郎がそこまで美形だとは……。
 まあ、そんなことは映画的にはどうでもいいことで、殺されていく美女という残酷美あふれる展開や立ち回りの場面の手堅い演出などでぐいぐいと引っ張っていきます。中盤に佐七が黒頭巾の集団に襲撃される場面があるんですが、ここのカメラワークが実に見事でした。この佐七のピンチに天知茂演じる色悪っぽい浪人が加勢に入るんですが、「深追いはするな」と止める佐七の言葉を尻目に路次へ消えていく天知茂、というところまでパーフェクトだった。若山富三郎の殺陣もいいしね。他にも、ここぞというところは極力少ないカット数で作っていたように思える。やっぱ長回しいいわ(笑)。もっとも、これは表現としてのワンシーンワンカットではなく、時間とか製作費とかを考えての長回しじゃないかと思います。あ、でも新東宝って当時金あったんだっけ?
 と、「おもしれーなー」とわくわくしながら観ていたんですが、終盤、事件の謎解きが終わってからの展開がすさまじく、度肝を抜かれたのだった。何しろ連続猟奇殺人の犯人が実は海賊の頭目で、佐七を罠にはめて、海へ逃げちゃうんだから(笑)。時代劇ミステリが海洋アクションへと変形する。だいたい小舟に乗って海賊船に近づいてくる捕手たち、なんてあんまり見られない映像なのではないかと思う。この時代に作られた時代劇を見始めたのは最近の話なのでなんともあれなんですが。それにしてもこのジャンルの逸脱っぷりには唸らされました。
 最近だと黒沢監督の「トウキョウソナタ」やジャック・ドワイヨン監督の「誰でもかまわない」で、前者は家族劇、後者は男女のドラマとしてあったはずなのに、ほとんどいきなり犯罪劇が始まるという逸脱を見せましたが、この「人形佐七捕物帖 妖艶六死美人」はそれよりも大きな飛躍だったと思う。ほとんど無茶といってもいいかもしれない(笑)。たぶん今だったら超展開(笑)などと叩かれそうだが、少なくとも観ている間はあんまり気にならなかった。お大尽実は海賊の役を演じた市川小太夫の存在感のおかげかもしれない。
 このジャンルを軽々と飛び越えていく感覚っていうのには憧れる。ぼくは基本的にジャンル主義者なので、こういうことをうまくやられると、もうぐうの音も出ないわけです。中川信夫の的確な演出がこの逸脱を許しているのだと思う。そうそう海賊船に舞台が移ってから、佐七が船に乗り込んでいくんですが、船尾から乗り込んだ佐七が船首の頭目までたどり着くまでの立ち回りはたしかほとんどワンカットで収めていて、ここはかっこよかったですねえ。最後、海賊の頭領が「俺の地獄は海の底さ」と碇知盛よろしく海へ落ちていくところも良い(笑)。ほんと、この頭目はいいキャラしてるわ。特に後半の行動のスピードがすごいんだよ(笑)。
 そんなこんなで非常に面白く、痛快な娯楽映画でした。終盤の展開は荒唐無稽だと思うんですが、そこがいいんだよなあ。無茶を無茶と思わせない技術、中川信夫の職人技が随所に光ってた。第2作も中川信夫監督のようなので、機会があれば観てみたい。