ゾンビは走っちゃダメ。ゼッタイ。

 角川ホラー文庫から先月末に刊行された「死霊列車」を読んだ。ゾンビものということで、屍肉にむらがるゾンビのように食いついてみた。

死霊列車 (角川ホラー文庫)

死霊列車 (角川ホラー文庫)

本州各地で人が突然人に噛みついて襲うという未曾有の惨劇が頻発! 恐るべきスピードで感染する謎の病におののく人々は、まだ病が上陸していない北海道を目指しトロッコ列車「奥出雲おろち号」に乗り込んだが……。
http://www.kadokawa.co.jp/bunko/bk_detail.php?pcd=200806000337

 以下ネタバレありの感想。映画「ダイアリー・オブ・ザ・デッド」のネタバレも含む。
 死霊は出てきません。
 無粋なツッコミは置いておいて、まずはっきり書いておきたいのはぼくは走るゾンビを基本的に認めない。「28日後……」以降にゾンビが走る映画が娯楽作品として作られてきているけれど、あれは映画史を考えるとやっぱり傍流であって、ゾンビの魅力を理解できていないのではないかと思う。もっとも、死者ではなく感染者だという理由付けをして、ゾンビと似ているが別のものという設定にしているところは評価できますが。
 それはこの小説もそうで、死者ではないということを強調している。ここからどういう効果が出るかというと撃ち殺していいのかという葛藤からドラマが生まれるし、死者はゆっくり歩くというボリス・カーロフの「フランケンシュタイン」以降の法則から逃れられる。
 ゾンビの魅力というのは怖さではなくアクション性にあるのだと思う。脳みそを撃ち抜く、倒れるという単純な流れ。あのばったりと倒れる動作がいい。ただ「28日後……」の流れを組むゾンビ映画ではそのアクション性をスピードに求めてしまっていて、それではただのモンスターパニックものと変わらないのではないかと思ってしまう。人が撃たれて倒れるという流れを、相手を死者にすることであまり倫理感に関係なくガンガンやれるっていう発明は重要なことだと思いますが、スピード性が出てくると動物的になってしまって、例えばヴェロキラプトルと何が違うのかってことになってしまう。
 最初っから傍流であることを意識しているような「バタリアン」シリーズや本気なのかギャグなのかよくわからない、というか本気でやったらギャグになっちゃったという按配の「ナイトメア・シティ」という怪作もありましたが、「28日後……」は走るゾンビという流れを作ってしまったことでは罪深い一作だと思います。おもしろかったとは思いますけど、「ゾンビとはこれである」とは評価できない。逆にゾンビ史の中心にはいつだってジョージ・A・ロメロがいる。「ダイアリー・オブ・ザ・デッド」を観てそれを感じられたのは嬉しかった。
 話が豪快にそれましたが、この小説のゾンビ……じゃなくて感染者も走るわけですね。列車に乗っている以上、走らないとなかなかゾンビ側が不利なのでしょうがないですが、いろいろと理由をつけてゾンビがアグレッシブに動けるようにしている。その努力は評価してもいい(笑)。
 他にもサバイバルものの基本を押さえていて、荒くれ集団が出てきたり、離島を理想郷に思わせるような連中が出てきたり、道中で色々な障害を発生させて、あの手この手で読み手を楽しませてくれる。タイムリミットの設定というのもその一環ですね。基本的なところを押さえているから、おもしろいんだろうなと思った。ベタといえばベタだけど。病院の待合で読んでたんですけど、1日で読み終わってしまったもの。まさにジェットコースターノベル。
 登場人物のキャラも立っていました。一般人側では勇敢な少年(鉄道マニア)、渋いおっさん、最近のアメリカンホラーによく出てきそうな戦う女性、だんだんと強くなっていく少女がいて、自衛隊側も統率力があり、思慮深いリーダーを始め、わかりやすいキャラ設定がなされている。ほんと、キャラがいいんだよ。かゆいところに手が届く感じ(笑)。
 と、娯楽小説としてはよくできているというか、文庫だし少なくとも値段分は楽しめたと断言できます。ただゾンビものとしては、閉じ込められる展開があってしかるべきだよなとも思ってしまった。全編ではなく、ほんの一章分でいいから。御大の「ダイアリー・オブ・ザ・デッド」はロードムービーのような様相を呈していましたが、最後の最後で閉じこもる展開になったのがニンマリだっただけに。