退屈はさせまいとする態度。

 行こう行こうと思っていてもつい行きそびれている映画がいくつかあって、その最たる例は「3時10分、決断の時」なんですけど、新宿ピカデリーに行く度に満員で入れなくて、見そびれている。新宿ピカデリーきらい。出入口とかエスカレーターとか、いろんな部分が好きじゃない。他のところでもやってくれよ……。
 まあそれはそれとして、やっぱり見そびれていた「私は猫ストーカー」を観てきた。新宿のシネマートでやっているのは知っていたものの、結局ユーロスペースでの上映を待って観に行ってきた。ユーロスペースの方が落ち着く。慣れてるからだろう。
 撮影・田村正毅、音響設計・菊池信之というところでまずテンション上がる感じですが、これ、地味だけども傑作だと思います。ストーリーはどうってことないといえばどうってことないんですけど、ひとつひとつのショットが生きていて、観ていてほんとに楽しかった。100分強があっという間。
 主演の星野真里さんがまずいい。谷根千の猫たちが猫ストーカーである彼女を通して描かれるんですけど、彼女自身の生活=イラストレーター兼古本屋のアルバイトとは時間の流れが異なっていて、星野真里自身も猫と接するときと人と接するときとでは雰囲気が異なっている。
 もしかしたらこの人は猫に近づいているのかもしれない。と思ったのは、アルバイト先の古本屋の飼い猫であるチビトムと星野真里の顔が並んで映るショットがあって、けっこう長めのカットだったと思うんですけど、同じような表情を浮かべていたんですね。あ、いや、ぼくには同じように見えたんですけど。そこでなんか同一のものになりつつあるのかも、なんて見えてしまいました。
 猫たちと同じくあまり表情を外に出さない星野真里ではあるものの、猫ストーカーを始めるととたんに表情がこぼれる。それは終盤に説明される猫ストーカーの心得を実践しているだけなのかもしれないのだけれど、かなり生っぽい映像の中で、ちょっと星野真理さんの素っぽく見えなくもないところはツボでした。この人は金八先生の娘役が有名だと思うんですけど、そのせいかどうか優等生的なイメージがあったんですけど、こういう演技もできるんだってちょっと驚いた。相手が野良なので、アドリブもあるのかも。地面に張って猫にせまっていく姿が印象的。
 一方で猫に対する態度はどこか禁欲的で、そこも良かった。映画に出てくる猫たちは古本屋のチビトムを除けば、自由に生きている野良猫で、彼らにしてみればたまたま星野真里と出会って別れていく、ただそれだけなわけで、星野真里もまた彼らをかわいがるというよりも偶然の出会いを欲していて、それ以上は望んでいないように見える。猫との出会いの必然のなさは、猫がいるところを知っているという諏訪太朗さんと墓地近くの路地を歩き回っても全然猫に出会えないことにつながっているし、いなくなったチビトムを見つけられないことにもつながっているのかもしれない。
 おもしろかったシーンがあって、朝目を覚ました星野真里が家を出るまでの短いシーンなんですけど、支度をしながら星野真里が画面の向かって右へ移動するんですが、カメラは逆に左へパンする。え、なんで?と思っていると、すぐに姿見が画面に映って、そこに帽子をかぶって髪を整えたりしている星野真里が映るという寸法でした。うまいなあと思ったし、ただ出発の支度をするだけのシーンをどうにかおもしろく見せようとする工夫はいいと思う。田村正毅さんのアイデアなのかしら。この後、カメラはさらに左へパンして、星野真里は画面左からフレームに入ってきて合流し、そこにはドアがあって部屋を出ていくという流れになるんですが、星野真里が出て行ってもカメラはそこに残ったままで、空になった段ボールが映し出される。
 そこには前夜に元カレから届けられたリンゴが入っていて、とても星野真里が一夜で食べきれるような量ではなかったんですが、すでに空っぽになっている。はて?と思っている内にシーンは次に切り替わるんですけど、そのリンゴの行方は後々明らかになる。再びリンゴが星野真里の前に転がるまでにはびっくりするような、というかぎょっとしちゃうようなシークエンスが待っているんですが、それがどういうものであるかは映画館で確認するか、「群像8月号」に掲載されている蓮實重彦先生の映画時評を読んでみてください。
 もう一つ印象的だったのは、ちょっとだけ前述した諏訪太朗さんの登場シーン。さほど長くもないシーンだし、そもそも諏訪太朗さんがなにものであるのかもわからないんですが(エンドロールのクレジットでは僧侶らしい男という曖昧さ!)、その意味不明感と唐突さが良かったです。嵐のように登場して去っていく感じ、しかも自転車(笑)。自転車漕ぎながら、「ブオンブオン」とエンジン音を口で言う諏訪さんはキュートだと思う。
 前述したようにこのシーンで二人は猫を探すものの結局会えないんですが、名前を聞き出せないままに分かれて、一人画面に残る星野真里のかたわらにはクロネコヤマトののぼり旗があって、そのいい意味での間抜けさというか脱力加減が諏訪太朗登場シーンを結ぶにふさわしい感じがして好きでした。
 と思ったら、お寺か神社か何かのブロック塀の上に出現する猫! 野良猫相手にどう撮影していたかはわからないんですけど、偶然っぽさが強くにじみ出ているシーンだなあと思いました。けっこうびっくりした。あの流れだと、猫見つからねーんだと思うもの(笑)。