TIFF2009「玄海灘は知っている」

 韓国映画界の怪物といわれるキム・ギヨン監督作。去年の特集上映には行けなかった、というかこの監督のすごさも知らなかったのだけれど、今年アテネフランセで「下女」を観てガツンときたので、当然のように観に行きました。上映後、高橋洋×青山真治トークショー付きでした。
 中盤、いや終盤くらいまでは学徒兵として名古屋に駐留している主人公ア・ロウンへの日本兵の暴力と、ア・ロウンと日本人女性・秀子の恋が描かれます。わりとメロドラマ的というか、まっとうと思ってはいけないのだろうけれども、日本軍兵士による朝鮮人学徒兵への暴力っていうのはたぶん差別心に根ざしているのだろうなとかなんとなく感じとれて、「下女」にあったような異様さはあんまりないように思えて、意表をつかれた感じでした。
 ただ逆にやっぱりこのキム・ギヨンという人は確かな演出力のある映画作家で、おもしろいんだよね。この映画はラスト15分くらいで驚異的に飛躍するんだけども、それまでの戦時下のメロドラマ的なところもとてもおもしろい。上映後のトークショーでも青山監督が仰ってましたが、登場人物のキャラ立ちすぎっていう。とくに森一等兵ですよね。当時、というか今もですけど、韓国映画界に明るくないのでどんな俳優さんかは知らないんですけど、素晴らしかったです。一応は敵役ではあるんですけど、演じた俳優さんはノリノリだったんじゃないかなあと思います。こんなに鮮烈な軍人もハラ軍曹@戦メリ以来かもしれない。
 終盤に何が起こるかというと、米軍の空爆の下ではなればなれになる恋人たちというこれまたメロドラマ的な展開ではあるんですけど、真に迫った空爆シーンのおかげでそれどころではなくて、場合によってはトラウマにさえなりそうなくらいの描写で、いよいよきたな!と思ってしまうくらいでした。アップリンクで開催された傑力珍怪映画祭でのトークショーで、いつだったかは忘れてしまったんですが、キングギドラの光線について、音の後に爆発が起こるのは実際の爆撃の記憶を使って作られた効果なんだ、というようなお話を伺って感心したんですけど、この「玄海灘は知っている」の焼夷弾の場面もまた、実際の経験を元に、もちろん映画なので誇張があるかもしれないですけど、作られたものなのかななんて思った。トークショーでもそういった話はあったと思うんですけど、なんか高橋洋さんの戦中にあった名古屋の大地震の情報は隠蔽されたみたいなお話ばかり印象に残っちゃってる。あと篠崎誠さんがアナタハン事件を映画にしてるとか。まあそれは実は桐野夏生の「東京島」のようなんですけど。
 で、ラスト、空爆の犠牲を隠すために日本軍が犠牲者の死体を燃やしてしまおうとするんですが、その犠牲者の中にア・ロウンの姿が! そしてその火葬が行われんとしているところには秀子がいる。こんなところで死ぬわけがないと立ち上がるア・ロウン。唖然というか呆然というか、いやなんか感動しちゃうよ。これ、起き上がりこぼしものの映画にあてはまるんじゃないかと思うんですけど、ゾンビのように起き上がるア・ロウン。ノスフェラトゥかよ。死体の山の描写なんて、うわ……って思っちゃうくらいのものなんですけど、ここは感動したなぁ。秀子と抱き合うア・ロウン、そして見守っていた群衆が有刺鉄線を倒して、死体の山に駆け寄っていくっていうのがまたすごくて、ロッセリーニの「無防備都市」を思わせる。というか、パワーではロッセリーニを凌いでると思うんですけど、とにかくすごかったです。
 キム・ギヨン、ホントにすごいです。やっぱりDVD-BOXを買うべきか。「下女」のDVDも欲しいんだよな。とりあえずシネマートの特集上映には行くつもりです。来年のTIFFでもまたキム・ギヨン作品が上映されるといいなと思いながら、TIFF2009の感想終わり。今年は全6本でした、2本立て含む。スコリモフスキー作品を観られなかったのが残念だったな。