名誉なき野郎どもに喝采を。

 クエンティン・タランティーノの新作『イングロリアス・バスターズ』が先週末から公開になって、早速観てきたんですが、期待通りの傑作でした。『デス・プルーフ』のすさまじさには劣るかもしれないですけど、完全に欲情してた『デス・プルーフ』とは対照的にどこか禁欲的なロマンチックさを感じたりもした。両作共に、映画が好きだっていうことが画面からにじみ出ているのは同じなんだけども。
 どっちが良いかっていうのは単純に好みなんだろうな。『イングロリアス・バスターズ』の方が一般的な受けが良さそうな気がしないでもないです。でもどうかな、出てくる人出てくる人ろくでもないやつらばっかりだからな(笑)。以下、思いつくままに書いてみた感想。
 本編については頭の中でまとまらなくて、それは元ネタの存在だったり、上映があまりにもあっという間に消化するひまもなかったくらいだったりしたからなんですけど、どこから何を書けばいいのかわからない。とにかくおもしろかったです。2時間30分を超える上映時間があっという間。ってタランティーノ作品はおおむね長いから、そこは驚くようなことじゃないか。でもマカロニ臭あふれる序盤からメロドラマ性が強くなっていく後半まで、多彩なものを見せてくれたように思えます。
 そうだ、アントニオ・マルゲリーティがらみのギャグで声を出して笑ってしまったことを書いておこうと思う。いやほんとおかしかったんだよ。いきなりアントニオ・マルゲリーティって言い出すものだから。でもその後、マルゲリーティという名前を「音楽的に発音してみろ」みたいな台詞があって、ちょっとはっとしました。
 黒沢清監督の評論で、デヴィッド・クローネンバーグの名前の響きがいい、みたいなものがあって、それについては「映像のカリスマ」に収録されている「デヴィッド・クローネンバーグ、胸に輝くホラーの星」という評論を読んでいただきたいんですが、なにか同じようなことが描かれていて、アントニオ・マルゲリーティへのリスペクトが遠まわしかつ強烈に描かれた瞬間であったように感じました。まあ、映画本編とは関係ないですね。
 映画館というのが重要な舞台になるんですが、出入り口、ロビー、普通の客席、バルコニー席、映写室、スクリーン裏といろんなところを見せつけているのが良いなと思いました。見せ方がトータル的なんだよね。映画館そのものというか。それにナチスへの復讐という巨大なテーマのクライマックスの舞台に映画館を持ってくるっていうところが素敵だなあ。ナチスへどう復讐するのかという問いに対して、映画で復讐するのだと答える無邪気さというかなんというか。
 あとあのメラニー・ロランとその恋人が撮影したフィルムをナチスへ向けて上映するっていうアイデアは、作られた映画はスクリーンで上映されるものであるというシンプルだけど今日では難しいことなのかもしれないようなことをはっきりと示したのかなあ、なんて。その劇中映画はメラニー・ロランナチスへ向けてメッセージを口にするだけなんだけども、たった1人であっても女優がいれば1本の映画は成立するんじゃない?っていうタランティーノの考え方なのかな、なんて思った。被写体があるってことに加えて、あの場合は語りによってストーリーが生まれているわけだから。
 終盤に向けての興味はメラニー・ロランの復讐は成就するのか、そしてバスターズはどうなるのかっていうことなんですが、ホント強烈だったな。史実がどうあれ、俺の映画はこうだ!と言わんばかりの逸脱を見せて、でもそれが感動とか喝采とかにつながるっていうのは力技だけど、すごいなって思う。これは映画の力ですよね。ヒトラーがバカスカ撃たれて顔がぐちゃぐちゃに崩れるなんてシーンって今まで観たことないと思うんだけど、あるのかなあ、そういう映画。
 俳優陣はいつものタランティーノ作品のように活き活きとしていて、ブラピはまあ普通だけど楽しそうにやっていてよかったです。SSの大佐役のクリストフ・ヴァルツが主役陣を食っちゃうような存在感を見せていたり、女優陣のメラニー・ロランダイアン・クルーガーも輝いていたし(特にメラニー・ロランのメロドラマ的シーンはどれも最高だった!)、あとユダヤの熊役のイーライ・ロス! 「ホステル」とか「キャビン・フィーバー」とかの監督として有名ですが、『デス・プルーフ』に出たときも思ったんですけど、あのいいヤツっぽいツラがいいんだよねえ。ユダヤの熊なんてあだ名をつけられるとは思えない風貌なんだけど、ぴったり役にハマってて、見せ場もけっこうあって良かったです。ああいう顔好きかも。『スペル』のボーイフレンド役の人とか。善人臭出してるけど、嫌味の全然ない顔っていうか。
 音楽も例によってしっくり来てて、マギー・チャンの出演シーンがカットされたのは残念だけども、とにかく楽しい映画でした。もう1回くらいは観に行っておきたい。あと来年、爆音上映しないものかな(笑)。
 ところで、最後のブラピのシーンって『セブン』をディスってるのかと思っちゃったんですけど、考えすぎだろうか。あと、劇中でプレミア上映される映画。イーライ・ロスが作ったという話なんですけど、とりあえずアメリカ兵が塔の上からどんどこ狙撃されていくだけの映画ですごいおかしかった。

映像のカリスマ・増補改訂版

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