鈴木英夫監督特集@シネマヴェーラ

 鈴木英夫監督特集に通う日々です。2008年にアテネフランセ文化センターで特集上映があったようなんですが、そのときにはまったく観ておらず、初めて目にする作品ばかりで嬉しい限りです。ぼくが行った回はいつも客席がガラガラなのがちょっとあれなんですけど。
 いろんなジャンルの作品を撮っているんだなーという印象が強くて、これからフィルムノワール寄りの作品の代表作がいくつか上映されるので楽しみなんですけど、それはともかく、「不滅の熱球」がすごいなーと思える作品で、ここまで観た中では一番だった。観終えた後の帰り道、ふと三島由紀夫が書いた「鶴屋南北コントラストのためならなんでもやる」っていうような文章を思い出した。
 「不滅の熱球」という作品は夭折した大投手・沢村栄治の半生を描いていて、ジャイアンツでの栄光や挫折、あるいは後の夫人とのロマンスなどが描かれるんですが、その一方で常に戦争の影がちらついていて、伝記映画でありながら、反戦映画にもなっているおそろしい作品でした。何がおそろしいというとそのコントラストであって、幸福な瞬間が訪れると同時に徴兵がなされるというところ。
 序盤、沢村投手の実力が大いに発揮され、勝利に酔うことなく黙々とトレーニングに励み、チームメイトや監督との関係も良好で、美人の恋人が出来る……という流れがぱぱっと展開するんですが、彼女とのデートの場面で現れるのが号外を配る男の姿と声。しかも、しつこいくらいに何度も「号外!」の声がつきまとう。このしつこさは逃れられなさの現れであるんですが、でもこの段階ではすでに沢村投手は甲種合格の判定を受けていて、ある程度の覚悟をしている。
 そして従軍、戦場へと移っていくんですが、この戦争を描いたアクションシーンがぼくはすごくいいなあと思って、というのも音楽を排してただ銃声や爆撃の音だけが鳴っていて、その感傷を排したような作りがしっくりきているなと感じたからなのでした。手を負傷した沢村が包帯を取って、野球のボールを握ろうとして落っことすところ。そこの音も非情な強さがあって、残酷さというのが強調されているようでした。この後、敵兵の襲撃があって、銃声が鳴る中、沢村が無我夢中で手投げ弾などと投げる場面があり、それを目にした軍医と二人で「放れるじゃないか!」と喜ぶんですけど、最前線にいるのに戦争とは一切関係なく、個人的なことを喜んでいる、そんな状況を作ってしまうところに監督や脚本家の反戦の態度がにじみ出ているように思えた。
 戻ってきた沢村は負傷の影響もあり、スランプに陥る。ここで彼を救うのが恋人の優子なんですが、再会→結婚の流れはいかにもメロドラマで良かったです。優子夫人の一途さだけでなく、この映画に登場する人物は誰もが善人なので、観ていて気持ちがいいし、かなり陰惨なはずの物語をいくらか軽やかなものにしてますね。ただ二人の結婚生活が画面に出る前に、バケツリレーの練習風景が描写され、どこまで行っても戦争からは逃げられないとつきつけられているようだった。
 夫人の妊娠がわかり、絶好調だったものの試合が雨天中止となって帰宅した沢村は玄関先で召集令状を受け取る。この場面がとんでもなくおそろしくて、召集令状を配達する男が雨合羽を着ているんですが、それとメガネ、無表情というルックスにはおどろおどろしさすらあって、心底ぞっとしました。沢村にとっては一大事でも男にとってはある日の一コマに過ぎず、事務的に封筒を渡し、ハンコをもらい帰っていく。その機械的な無感動さはおそろしかったなあ。見た目がまず禍々しいんだけど。衣装と顔がすばらしい。
 その一方で、そのまま家に入った沢村と奥さんとのやりとりっていうのは情感あふれるもので、その対比が素晴らしく、池部良司葉子の演技もあまりに悲痛で感極まりそうになりました。この二つの場面はとにかく冴えてたなあ。
 そして再度(実際は三度)、戦場に赴いた沢村の場面になるんですが、ここで彼は怪我をした足でほぼ全滅したらしい仲間の死体が転がる場所をふらふらと歩いていて、いよいよ取り返しのつかない状況になってしまったと否応なしに示してくる。さわやかなハッピーエンドはなく、戦争のむごたらしさがやはり即物的に描かれる。沢村が二回くらい倒れるんですけど、二回目の方の倒れ方は全てが終わってしまった感があって、痛ましかったです。
 が、ここで映画は伝記からも反戦からも離れて、沢村を再びマウンドに立たせてしまう。直前に一度、球場の歓声や音楽が入るんですけど、遺体からふわっと幽霊のように浮かび上がって、そのまま球場まで導かれる様にはえ?って思わなくもなかったけど、その球場が無人で、しかも廃墟のようにも見えたときにはハッとしました。一歩間違うと、ただの見せかけのハッピーエンドになっちゃうかもしれないんだけども、でもこの場面にハッピーな要素はなくて、最後の最後に残された夫人と子供を映すことで絶対に元には戻らない光景が描かれる。やっぱり戦争へのプロテストがあるんだろうなあと感じました。ただその前の池部良の笑顔がまた爽やかでねえ、沢村をもう一度マウンドへ立たせるというのは彼への鎮魂だろうし、スタッフや関係者の夢だったんだろうと思う。正しい手順を踏めば、映画でなら、その夢は叶えられるんだね。夢と抵抗のコントラスト、そんなじつに重い余韻を残して、スクリーンには終の文字が現れる。