南ア・ノワールというジャンル

 本屋をぶらついているときにたまたま目に入った本でした。ワールドカップのせいか、ケープタウンというのがみょうに目についたのと、『南ア・ノワール』というフレーズになんとも惹かれたので読んでみたのだった。

血のケープタウン(ハヤカワ・ミステリ文庫)

血のケープタウン(ハヤカワ・ミステリ文庫)

 南ア・ノワールなるものが他にあるかどうかはともかく、この小説はおもしろかったです。この小説の最大の特徴はキャラクターにあると思っていて、逆に物語上の驚きというのはほとんどなかったです。あるべき形に収まるというか、それはそれで悪くはない。
 中でもチンピラにたかり、暴力で支配しようとする悪徳警官のギャツビーのキャラがクドいほどに立ちまくって良かったです。デブで体臭がキツいという設定がなんかひどいんですけど(笑)、悪に染まった警官だからこそかもしれませんが、この男の嗅覚が物語を動かしていることは間違いないです。彼は小説の終盤で当然のように壮絶な最期を迎えるんですが、そこは悪い奴が裁かれて爽快と思うどころか、陰惨なやられ方にはじゃっかん引いた(笑)。
 もともと物語はアメリカから移住してきた一家の元に2人組の強盗が訪れ、旦那が強盗を殺して難を逃れたところから、上に書いた警官のギャツビーに目を付けられ、徐々に過去が明らかになり破滅していくという筋に、その事件を目撃した警備員が絡んでいくという構成になっていて、主にこの3人の視点を中心にして話が展開していく。
 中でもおもしろいのは警備員の男で、彼は元ギャングで今は老犬と共に生きる孤独な男なんですが、事件を目撃しても特に何もしない。しかし警官に痛めつけられ、犬を殺されてからはその復讐のために行動をし始めるという役回りで、劇中もっとも人間らしい登場人物だったかもしれません。寡黙さがいいね。元々ワルだし、終盤、警官をとっ捕まえてからの拷問シーンはなかなかエグいものがありましたけど。
 小説の中盤から後半くらいのところで、特別捜査官が街の外部からやってきて、ギャツビーが追われる立場に変わってからは物語がどんどん加速していって、読み終わるまではあっという間でした。主人公、警備員、捜査官の3人に追われることになるギャツビーは担わされた悪の立場を、やられるところまで、これ以上ないってくらいしっかり遂行してくれるのが素敵だと思います。最期はホントに残酷というか、街中の人にリンチに合うっていうひどさなんですけど。でも本当にひどいのは、その後何事もなかったかのように動き始める街の姿なのかもしれないですけど。
 文章は簡潔なもので、冒頭の端的な導入の仕方は好みでした。感傷を排したような文体は好きです。ただ全体的にエゲつなくて、ノワールやハードボイルドにあるものとぼくが思っているロマンティックさはあまりなかったです。例えば逃げるという行為も回避するためのもので、ここではないどこかへの憧れ、みたいな要素はなかったし。いや、あるにはあるけど、それはメインの人物たちではなく、殺された強盗の妻だったというのはおもしろい。
 一番最後のシーンは素晴らしかったです。最後の二行はぶっきらぼうだけど、情感があふれていて、気持ち良く本を閉じることができた。けっして読んでいて気持ちの良い本ではないんだけど(笑)。