スペイン現代文学
三島由紀夫賞ついでに、文学について。スペイン編。
2005年は非常に意義深い年で、二作のスペイン文学の翻訳が出版されたのだった。その一つがアルベール・サンチェス・ピニョルの「冷たい肌」*1で、もう一つがフリオ・リャマサーレスの「黄色い雨」*2だ。
前者が動なら後者は静で、対照的ともいえるが、ともに傑作だった。ぼくは特にフリオの「黄色い雨」にシンパシーを抱いてしまうのだけれど。
もっともサンチェス・ピニョルはスペイン人ではなくカタルーニャ人で、スペイン文学という枠に入れてしまうのはどうかと思うが、今現在カタルーニャはスペインの中にあるので、大まかな分類としてスペイン文学とさせていただく。
スペイン文学とくれば、日本ではセルバンテスとガルシア・ロルカということになっていて、他にもすばらしい作家たちがいるのだが*3、なかなか名前が浮かばないのが現状であると思う。
サンチェス・ピニョルの「冷たい肌」はエンターテインメントだ。『文学』としてのイメージは抱けないかもしれない。それくらいにおもしろいのである。
解放の闘いの夢破れた青年は、絶海の孤島での勤務に志願する。世界の果ての地で彼が体験したのは、想像もできないものとの遭遇だった。カタローニャから世界に発信する新しい文学。
孤島の灯台守になった青年が、その島に巣食う化け物と戦うというのが大雑把な筋だ。もちろん他にもエピソードはあり、人間のドラマが展開する。ぼくはこの本を読んでいる間、時間を忘れた。それくらいに夢中になったのだ。
究極的には人間のドラマなのだ。こういう小説は素晴らしいよ。
フリオ・リャマサーレスの「黄色い雨」は静劇だ。チェーホフ的ですらあるのかもしれない。
沈黙と記憶に蝕まれて、すべてが朽ちゆく村で、亡霊とともに日々を過ごす男。
静かに終わっていくのである。冒頭から結末まで、抑えた筆致でひたすらに冷たい世界が描かれる。
この小説は一種の奇跡だといっても過言ではないし、ぼくにとってはレイナルド・アレナスの「夜明け前のセレスティーノ」とかマリオ・バルガス=ジョサの「緑の家」と同じくらいに大事な作品になった。
もともとこのフリオ・リャマサーレスという方は詩人であったらしい。どうりで言葉に力がこもっているはずだ。そして美しい。ゆっくりと、はっきりと終わっていく景色がじつに美しいのだ。翻訳が目の前にあるのにもかかわらず、原文で読んでみたいとも思ったくらいだ。
描かれるのは喪失であり、死であり、瓦解であるのだから、明るい小説であるとはいえない。それでも引き寄せられる力があるし、これこそが小説であるのだと思う。しばらく引きずったものな、読み終わってから。このレベルのを一本書けたとしたら、もう十年くらい何もしなくてもいいのではないか。それくらいすさまじい小説だと思った。
*1:
*2:
*3:例をあげれば、フェルナンド・デ・ロハス、フランシスコ・ゴメス・デ・ケベード、ローペ・デ・ベガ、カルデロン・デ・ラ・バルカなど。まあ、小説ではなく、戯曲も含めているのだけれど。