『ベケットと「いじめ」』

 別役実の『ベケットと「いじめ」』*1を読んだ。中野富士見中学でのいじめ事件とベケットのいくつかの劇作から、近代から現代における人間の「個」から「孤」への変遷を丹念に読み込んだ書。
 若干読みづらく、というのも本書は講演会で別役実が語った内容を文字に起こしたもので、未整理のままに発せられた言葉も少なくなく、読んで意味がぱっと読み取れないような箇所があったのだけれど、逆に別役実の生の音声みたいなものがここにはあったように思えてならない。それはあとがきにも「悪戦苦闘の痕跡」であると書いてある。
 これは演劇論についての本でもあり、いじめにおける立ち位置についての本でもある。そして何より近代劇から現代劇へ、個人と集団の関係の移り変わりがはっきりと言及、解体されていて、わかりやすいことこの上なかった。創作上の手助けになるかもしれんと思ったくらい。
 ただやはり半分くらいしか理解できていないかなと感じる。とにかく厄介な文章だった。別役実の戯曲やエッセイは読みやすいのだけれど、これはちょっと難しかった。時間を置いて、もう一度読もうと思う。
 そういえば、演劇人がベケットを祭り上げ、ベケットから離れていくのが60年代から70年代で、この本が書かれたのが87年、つまりおよそ20年前。当然のように、じゃあ今はどうなんだという疑問が生じる。21世紀の今、ベケットはどう読まれるのか。今の若い世代の演出家がベケットを演出してみてもおもしろいかもしれない。

*1:

ベケットと「いじめ」 (白水uブックス)

ベケットと「いじめ」 (白水uブックス)