ローズ・イン・タイドランド

 映画を観てきたのだった。「ローズ・イン・タイドランド」。新宿武蔵野館
 ネタバレあり。

 『不思議の国のアリス』を下敷きに、一人の少女のグロテスクな空想世界を独特の乾いたタッチで綴ったミッチ・カリンの異色ファンタジー『タイドランド』を、鬼才テリー・ギリアム監督が完全映像化。奇妙で陰惨な現実世界の中で軽やかに戯れる少女の姿が、イマジネーション豊かに描かれてゆく。ヒロインのジェライザ=ローズ役は、本作の演技が高い評価を受けたジョデル・フェルランド。共演にジェフ・ブリッジス
 『不思議の国のアリス』が大好きな10歳の少女ジェライザ=ローズ。両親が2人ともヤク中で、ある日ついに母親が死んでしまう。慌てた父親はジェライザ=ローズを連れて故郷へと旅立つ。辿り着いた実家は、周囲に何もない草原の中に立つ壊れかけた古い家。着いて間もなく、父親もクスリを打ったまま動かなくなってしまう。一人取り残されたジェライザ=ローズだったが、指にはめた頭だけのバービー人形を相手にしながら周囲の探索を開始するのだった…。
http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=321930

 ギリアム・イズ・バック! 全編通してテリー・ギリアム節。グロテスクで美しい。今年観た映画は軒並みおもしろかったのだけれど、この映画がぶっちぎっている感じ。これはやべー。マジ傑作。イカれてる。登場人物全員がイカれてるっていうのに、この美しさは何なんだ、ちくしょう。この際「ブラザーズ・グリム」はなかったことにしてしまおう。
 予告編とかオフィシャルサイトのイメージとは裏腹に、極めて現実的な映画だった。派手にグロい場面があるわけではないが、精神的に相当重い映画だったから、15禁もしょうがないか。軽やかなのは子役のジョデル・フェルランド演じるジェライザ=ローズだけで、他はすべてどうしようもないくらいに狂ってる。
 結局、すべてが並列で描かれているのだな。少女の目に見えているものが未整理のまま、客観的に描かれていく。だからグロテスクに見えるし、居心地が悪いと思えるのだろう。現実も想像も綺麗なものも汚いものも生も死もすべてフラットで、少女の瞳に映っている未消化の世界を引いた位置から描いている。だから幻想的な場面もあれば、現実的で救いがたい場面もあって、その境目がほとんどない。どう考えても悲惨な状況なのだけれど本人はそれを認識していなくて、観客としてはその様子を第三者的に見ることしかできないから、残酷に思えてしまうのだろう。テリー・ギリアムは変態だな。
 ひりひりするような暴力の匂いだったり、子どもの残酷性というのをはっきりと描いているところもよかった。ジェライザ=ローズがいきなり石を蹴っ飛ばす場面とか、印象的だったなあ。あの唐突さがいいな。あと、「これ大丈夫なのか」と心配になってしまうくらいに後半はセクシャルだった。ロボトミー手術を施されたと思しき隣家に住む姉弟の弟ディキンズとの何度もあるキスシーンとか、じつにセクシャル。もちろん「これ大丈夫なのか」と思ったのは建前で、内心は「おいおいギリアム、あんたなあ……最高だよ」と思っていたのだけれど。少女の性的な奔放さ、無邪気ささえも全部並べちゃっているんだよな。そのために必要な描写だったし、ジョデル・フェルランドは完璧な形で応えていた。
 そう、ジョデル・フェルランドだ。素晴らしい芝居だった。撮影当時10歳だったというから驚異的だ。全編出ずっぱりの上に、頭部だけのバービー人形4人の声も担当しているから、実質5役。出るだけも大変だっていうのに、映画自体をしっかりと牽引していた。すごいとしか言いようがない。映画が動く原動力になっているんだよな、ただ芝居をしているだけじゃなくて。まさにジョデルのための映画。
 他の出演者ももちろんよかった。中でもヤク中の親父役のジェフ・ブリッジスは出色だった。娘にヘロイン準備させるわ、バスの中でゲロ吐くわで、一歩間違うと観客に不快感しか与えなくなってしまいそうな役を愛嬌たっぷりに演じていた。ジョデル・フェルランドといいコンビだったし。ドラッグを注射する場面の一連の流れが何だかおかしかったな。
 本当にいい映画だった。世界中のロリコン映画ファンに観てもらいたいくらいだ。ギリアム版「ドン・キホーテ」の製作中止が悔やまれるぜ。