TIFF2009『激情』

 「REC2」もこの「激情」も日曜の夜に続けて観たんですが、両方ともスペイン映画で、当然なんですがスペイン語なんですよね。スペイン語をやっていたぼくとしては、非常に耳にいい日でした。「REC2」の方はああうるせー!って感じるところが多かったですけど(笑)。
 どうでもいいようなことですが、「激情」というとポツドールの傑作が真っ先に浮かんでしまいます。そのおかげでラインナップからこの映画に目をつけたわけでもあるんですけど。
 この映画は公開決まってるのかな。観た感じ、日本ではあんまりウケない感じがしました。愛を描いているのは確かなんですけど、感情移入が難しいというか、主人公の行動が今一つわかりにくい気がします。出稼ぎ労働者という立場が危ういもので、国外退去と常に隣り合わせな状況が不安や苛立ちと生んでいて、恋人はやはり移民(コロンビア女っていうセリフがあったからそうだと思うんだけど)なんですが、金持ちの家で住み込みの家政婦をやっている安定があって、そこら辺の説明があまりないから、たぶんスペインとか中南米の人にとっては身近で差し迫ったものとして受け取られるんだろうけども、日本だとこの導入でん?って思われるんじゃないかと思った。
 ただこれ以上説明をしてもつまらないし、情報量の差をどう埋めるかっていうのは観客それぞれにゆだねられるわけで、とりたてて説明不足というわけでもないんだろうなと思う。不親切ではあるかな。冒頭の描写がリア充っぽいのがよくないかも。
 とにもかくにも、主人公がふるう暴力が上に書いたような背景+恋人への暴言に裏打ちされるもので、この映画を楽しめるかどうかはそこを受け入れられるかどうかにかかってるはず。ぼくはちょっと置いていかれた(笑)。わりと唐突な最初の暴力シーンはなかなかいいと思うんだけど、二つ目はちょっとなー。例えばフリッツ・ラングの「暗黒街の弾痕」だと職を失った主人公への同情をうまく誘うように作られているんですけど、この映画だと自業自得だろとしか思えなくて、情のドラマとしてはどうかと思うんですよね。主人公の風貌もやさぐれた感じだし。ちぐはぐな印象でした。
 現場の責任者への暴行致死で追われる立場となった主人公は人知れず恋人が働く屋敷に忍び込む、隠れ住んで彼女を見守ることになる。この展開はかなり好きです。ある意味では異様な状況なんだけど、それが前提として進んでいくっていう。あとやっぱり、大きな屋敷っていうのが良くて、セットだと思うんだけど、カメラが実に滑らかに動くんだよね。主人公の動きが大きく制限されるのとは対照的に。そうそう、誰かの主観ショットっぽいんだけど、カメラが動いているだけで客観でしたっていうカットがあって、そこはちょっとだけびっくりして。え?あれ?っていう。
 あ、日曜日の上映の後に監督とプロデューサー、主演女優さんによるQ&Aがあったんですが、時間的にギリギリだったので途中で帰ってしまったんですけど、ちょうどセットの話をしようとしているところだったんですよね。聞いておきたかったと今になってちょっと後悔。女優のマルチナ・ガルシアさんはとてもお綺麗な方でした。映画の中だと家政婦の役なので地味目なんですけど、さすがにゴージャスにドレスアップしてるととても華やか。
 屋敷に忍んでからは見つかるか見つからないかというサスペンスがあり、恋人に詰め寄る主人夫婦の息子殺害などが描かれ、さらに恋人の妊娠がわかって……みたいなメロドラマ展開になります。この近くにいるのに会いたくても会えないという状況がいいんだな。見る側をやきもきさせる感じは典型的なラブストーリーなんだけど、状況がとっぴなので、全然退屈ではなかったです。
 終盤、屋敷中に殺鼠剤が散布されて、主人公が瀕死になるんですが、ここら辺に至って、ようやく主人公の痩せた顔がいいなと思え始めました。途中からのヒゲ面もかなりいいんですけどね。痩せこけて血を吐いて、これはもうダメだというところまでもってきている。撮影の順番は逆で、痩せた状態から初めてだんだんとふくよかになっていったらしいですが(笑)。本当に取り返しのつかないことをしてしまった人の姿に見えて、良かったなあ。でもラストシーンは、ぼくだったらこうはしないというところでした。再会させるよりも、再会できない方がよりドラマティックだと思うんだけど。ただあのまま死んじゃうと腐敗臭でばれるだろうから、もう一捻り入れるよりも無理がなくてそれはそれでいいと思う。
 感心したというか、ああいいなと思えたのが、金持ち夫婦の奥さんの方の言葉。ヒロインの家政婦を"hija"って呼んだり、ヒロインの赤ちゃんに対して"nuestra"という言葉を使っていたりした。日本語字幕だとあんまり伝わらないんじゃないかと思うんだけど、こういう言葉に宿るまなざしの優しさにぐっときちゃいました。だからこそ、主人公の行動には納得しかねるんだけども(笑)。