おそらくあの世が。

 7月10日から封切りの高橋洋監督作品「恐怖」。当然のように初日に駆けつけました。初回上映に惹かれながらも、舞台挨拶回のチケットが残っていたので、そっちを選んだ。

 今回は事前情報といえば、チラシの文章くらいしか読んでいませんでした。「怪奇・怨霊・宇宙人 衝撃!超常現象映画の世界」とか「映画秘宝」とか、あと「TRASH-UP」のインタビューも我慢して目に入れなかった。普段はついつい読んでしまうんですけど、今回はなぜか事前情報を入れずに臨んだ方がいいかなと思えたので。なんでだろ。あ、予告編は何度も観ちゃいましたけど。


 そんなことはともかく、この作品は断続的に続いていたJホラーシアターの最終章にふさわしい、意欲作だったと思います。ぼくは好きだ。以下、観たまんま感想。

 いわゆるJホラー的な意匠は多いし、そういうところだけ観ても単純に怖くて、よくできた恐怖映画だとは思うんですけど、それ以上におそろしいのは初めっからこの世からズレてしまった、でもあの世の手前何だろうとは思うんだけども、そういった世界観があるように感じられたからです。この世ではなく、生きている人間がほとんどいないような印象を持ったのでした。俳優の歩き方とか、美術とかもそうだし、なにより長宗我部陽子さんの「あなた死んだのよ」って台詞がそう思わせたのかもしれない。
 徹底されているのは見る行為をしてしまった人が憑りつかれるってことだと思います。シルビウス裂に関する実験の記録映像を見てしまった片平なぎさと夫、あるいは光を見てしまった片平なぎさの娘である姉妹、片平なぎさを手伝う長宗我部さんたちもおそらくなにかしら見てしまっているだろうし、失踪した姉妹の姉の方が部屋に戻ってきているところを向かいの建物から目撃してしまった男性も「おかしいんです。真っ暗だったのに姿だけははっきりと見えた」みたいなことをぶつぶつと言う。目の前に事情聴取に来た刑事の高橋長英らがいるのに、彼らに言っているわけではないようなぼそぼそ加減がこわい。ラスト近くで、頭を開かれた斉藤陽一郎の遺体を見た高橋長英にも何かしら起こるのではないかと思ってしまった。
 この見るっていう状態はおそらく観客が映画を見ていることが意識されているだろうし、見てはいけない、あってはならない映像っていう、恐怖のひとつの形を提示しようとしているのかな。
 ただこの見るという状態は終盤で、実は見ている側が見られていたという構図が提出されて、一気に反転するわけで、そこはウワァーってなりました。これって幽霊と目が合うっていう描写のある種発展形じゃないのかな、なんて思った。
 それにしてもこの映画がすごいのは、高橋監督オフィシャルサイトのBBSにあったフレーズを使えば、表象不能なことにチャレンジしていることだと思います。側頭葉にあるシルビウス裂に刺激を与えると幻覚が見え、特殊な器具を埋め込むとさらにその先が……ということになっているんですけど、その向こう側を、あの世とか死後とか言われてるものを画面にどう映し出すかってことへのチャレンジですよね。それは例えば中川信夫の「地獄」で描かれたいわゆる地獄の世界ではなくて、誰も見たことがない死後の世界を描きようがないのに描こうとしている姿勢には感服しました。
 結局、死後を孕んだ女からあの世が溢れ出すっていうことをエクトプラズムみたいな白い煙が画面を満たして、その中で起こる出来事が、まあ一番端的なのが片平なぎさにゆっくりと迫る片平なぎさだと思うんですけど(笑)、向こう側を片鱗ではあっても視覚化できてたよね、って思った。終盤の畳みかけ、すごかったもんな。
 しかし各登場人物のグレードの差っていうのもすごくて、実験にとりつかれて最終的にはノー麻酔で側頭部に穴をあける片平なぎさ、シルビウス裂の実験に成功して生きながら死者のようになってしまった姉妹の姉の方(彼女に触れたときの妹のリアクションが黒沢監督の「降霊」で役所広司が幽霊に触ったときみたいで、ああこの人死んでるんだって自然と思えた。)、実験とは関係なく向こう側が見えてしまっているような姉妹の妹の方、というようになっていて、いっけん無害っぽい人が一番ヤバいっていうのを抑えてるんだけど、なんか異様。共通しているのは光を見てしまったということで、そこから全てが変わっていったということか。あくまで医者として魅せられていく片平なぎさは、だから麻酔なしで向こう側へ到達しようとするのであって、そのまっとうさが好きです。
 見るってことのほかにもうひとつ、死に惹かれているかどうかが登場人物の最期を分けていますよね。死を気にしていた女は結果的にあの世を生むことになるし、「死んだら終わりだよ」とかなんとか言ってた斉藤陽一郎さんは人としての身体すら失って消えることになる。こういうところはかなり一貫してるというか、ルール性があっていいなと思う。
 思いつくままにつらつらと書いてきたものの、実際まったく整理できていないので少なくともあと1回は観に行くだろうな。もう何度でも観たいけどね! 次はインタビューなどを読んでからにしようと思っています。まずは「TRASH-UP」を買わないと。