インフェルノ 蹂躙

 本当はVシネマなんですが、ちゃんとした劇場で、しかもかなりの音量(笑)で観たので、映画に分類してみた。この作品はもちろん、黒沢清監督の「地獄の警備員」のネタバレもあり。
 まず観終えて驚いたのは、すごいおもしろかったということだった。Vシネマだってことは知っていたから、普通の劇場用映画とは違うだろーとか思ってたんですが、そんななめた態度をとっていたことを土下座したい。すげーおもしろかったのだ。
 簡単にストーリーを記すと、殺人夫婦がいて、あるOLをターゲットにする。マンションの部屋に侵入し、盗聴器やカメラを設置して彼女の私生活を覗く。エロ系のVシネなのでここでエロシーンが入りますが、普通の映画のラブシーンよりちょっと過激くらいで、アダルトビデオとは違う。やがて覗くことに飽きたのか、そのOLをさらって殺してしまう。そして次のターゲットをそのOLの妹に定めるが……、という感じ。
 上映前に監督の北川篤也さん、脚本の高橋洋さんのトークショー(というか舞台挨拶か)があって、けっこう行き当たりばったりで脚本を書いたという話でしたが、ぼくはこの脚本はすごい良くできてると思う。何がすごいかって、殺人夫婦の動機とか背景がほとんど説明されないというところだ。
 劇中で、夫婦の妻の方がターゲットのOL妹に自分の身の上を話す場面があったけれど、それもどこまで本当か疑わしいものだ。何しろその場面はOL妹を同情させること、信用させることを目的としたシーンなのだから。まあ、ほとんど本当のことなんじゃないかとも思うんですけど、それがなぜ盗聴、盗撮、拉致監禁、殺人、カニバリスムにつながるのかはわからない。でもわからないことがダメなのではない。むしろわからなくてもいいんだというところまで持ってっているところがすごいのだ。
 観終えてからの帰り道、連想していたのは黒沢清監督の「地獄の警備員」だ。あの映画でもモンスターである警備員・富士丸のそれまでというのは多少は触れられるのだけれど、明快に説明されることはない。そして「どうしてこんなことするの」という問いに対して富士丸は答える。「知りたいか。それを知るには勇気がいるぞ」*1
 「インフェルノ 蹂躙」は殺人夫婦が死に、刑事が二人の住居で大量の衣服、靴などを見つける場面で終わる。劇中で行われる殺人はOL姉とその恋人だけなのだが、その前に途方もない数の犯罪を行ってきていることが明示されるわけですね。そこで刑事が呟く。「あいつら、なんなんだ」。
 ここがすごいんですよ。「何人殺ったんだ」とか「頭おかしいのか」とか、そういうせりふじゃない。「あいつら、なんなんだ」と来る。人としてではなく、何か別の存在として見てしまっているせりふなんだと思う。レザーフェイスとかレクター博士とか、何か次元の違う怪人へ向けてのせりふになっている。ここでこの作品は一気に飛翔したと思います。感動した。しかも靴とか服とか綺麗に並べられているだけなのに、死の匂いがぷんぷんしているという美術も撮り方も良かったし。
 殺人夫婦はこの時点で死んでしまっているので答えはないんですが、生きていたらこんな問答になっていたのかもしれない。「おまえら、なんなんだ」、「知りたいか。それを知るには勇気がいるぞ」。
 このVシネマは特に後半トビー・フーパーっぽかったと思います。まず殺人夫婦の家なんですけど、大型犬の檻がどかっと無造作に置いてある感じは日本っていうよりもアメリカの地方部を思わせる絵だった。室内の美術も禍々しくていいですね。あと、終盤にOL妹が奥の部屋に引きずり込まれてレイプされかかる場面があるんですが、その引きずり込まれるときの扉の動きと質感で「悪魔のいけにえ」の鉄扉ががしゃんと閉じられる場面を連想した。でも串刺しはなかったか。
 観ることができて良かったと思える作品でした。こういうものが作られ、消えていったという実情はさびしいですね。本当良くできてると思うし、めちゃめちゃおもしろかったんですが、まあハッピーな映画ではないので商売的に厳しいのかな、DVD化は。でも「リング」や「女優霊」の脚本家である高橋洋さんのホンなわけだし、手軽に観られるようになるといいなと思います。手軽に見るようなもんじゃないかもしれないですけど(笑)。

*1:ニーチェの引用らしいです。